だいたいちょろい

二次元三次元ひとっとび

絶え間ない優しさ、希望をくれたきみへ

こんな記事上げるんじゃなかったっておもってしまった。上げなければ、いやな予感は予感のまま、現実にならなかったんじゃないか、わたしはこれを上げることで言霊にしてしまったのではないか。そんなどうしようもない不安で潰れそうだ。いまさらなにを言ってもどうにもならないというのに。

choronao.hatenablog.com

 

 

とても、勢いでかける文章ではなかった。それでも気持ちを残すべきだと思った。
こんなにも言葉が浮かばない状況で筆を取るのは初めてだけれど、どうかゆるしてほしい。

 

KAT-TUNから田口淳之介が来年の春、脱退する。

 

わたしはそのときを、ワンセグスマホから見ていた。社畜、当然仕事終わっていなくて、KAT-TUNそろそろだよってフォロワーさんに言われたから、会社を出て近くのコンビニで肉まんを買って暖を取りながら、お恥ずかしながら近くの人通りの少ない道端で見ていた。
一度目のその言葉の衝撃を乗り越えたあと、震える指先で、そのとき開いていたワンセグの機能そのものを閉じたつもりが閉じられなくて、亀梨和也の詰まり気味の声が垂れ流される中、ツイッターを開いて、ききたくない、と打ち込んだ。そのあと会社に戻って、仕事にならなくて30分ほどで帰った。
ぽつぽつと浮かんでは消えていく頼りのない言葉に反して、言葉にできないような感情の奔流はずっと昨日から箍が外れたように波打っていて、自分の中がちぐはぐな状態であることがわかる。
昨日、その言葉を耳に入れた瞬間、言葉の意味を理解するよりも早く、ほとんど反射反応で嗚咽がこぼれた。
今日、だいぶ落ち着いたような気がするのに、ふとした瞬間になだれ込んでくる濁流がこわかった。心臓の真裏のからだのいちばん奥が、いまも波打っている気がして、少し間違ったら爆発しそうな、そんな恐怖を抱いている。

 

わたしはいままで二度脱退を経験した。一度目は赤西仁で、二度目は田中聖だった。でも、一度目の脱退とも二度目の脱退とも違う感情が、今もせりあがってきておさえられない。
怒りなんて微塵も起きなかった。裏切られたとか、怒りとか、空しさとか、ぜんぜん沸いてこなかった。
なんでだろう、わたし、ひたすらさみしくてかなしいんだ。昨日からずっと。さみしい。かなしい。その気持ちがいちばん強い。三度目にして、こんなにもかなしくてさみしい脱退がこの世に存在するなんておもわなかった。たった四文字の感情が膨れ上がるとこんなにも暴力的だなんて。

 

衝撃で頭が真っ白になったあと、TLを眺めてぽつりぽつりとわたしの脳内に田口の言葉が、姿が、浮かんできた。

KAT-TUN結成したときから、ずっとKAT-TUNがすきだよって言ってくれていた田口。
笑って「たのしかったー?俺も!」って答えていた田口。
「ウソウソカワウソ」なんてかわいい言葉を使っておどける田口。
あの長い手足を使ってうつくしい踊りをみせた田口。
デビューの頃よりずっと上手になった歌声でハーモニーを支えてくれた田口。

いますぐにでも嘘だっていってほしい。
すきだ、ってこの先言い続けるだけの権利がほしい。
田口淳之介のこと、すきって言い続けたかった。この先ずっと。
KAT-TUNでいてくれてありがとうって、言い続けたかった。
天井から隅から隅までに大きく手を振る姿は、わたしにとって、やさしさで、希望だった。10年も前から。
その魅力に気付くのがわたしはとっても遅くて、最近田口のことかっこいいっていってた程度のにわかだけど、それでも、KAT-TUNの中で、あなたのやさしさがうれしくて、希望だったのは、事実なんだ。わたしにとって。

 

あのとき、かとぅーんがすきって、言ったじゃん。
ねえ、もういちどすきってゆってよ。

 

メンヘラのポエムみたいだねこれ。笑
でも、田口淳之介はすべてを振りきって選んだのだ。その選択肢を。脱退という道を。
田口淳之介は、二度の脱退を超えてきた。他の三人と同じように。立場は違うけれど、ファンと同じように。わたしと同じように。
神妙な表情で謝罪をするメンバーも、泣き叫ぶファンの姿も、驚きつつも心無い言葉を投げかけてくる外野も、すべて見てきたはずだと思う。
それでも選んだのが、この結果だというのなら、彼なりに考える理由が、意義が、そうまでして手に入れるなにかにかけがえのない価値があったのだと信じたい。
いままでたくさんのやさしさをくれた田口淳之介が言うなら、「信じる君がついた嘘なら」、嘘であっても真実であっても、言えないすべてを覆い隠すような誤魔化しであったとしても、わたしはまだ信じる。信じようと思える。

 

TLもブログもたくさんみたけど、なんでだろう、わたしは田口淳之介を責められない。
ぜんぜんわからない。過去あんなに脱退するひとを責めたわたしが、いま、田口を責めないでほしいとおもっている。本当に不思議だ。ごめんね。

確かに田口は無責任だったかもしれない。
他のお客さんにもアーティストの方にも迷惑をかけるあの場所じゃなきゃだめだったのか、とか。
なんで亀梨も上田も中丸も頭下げてる中、ひとりだけ顔を上げていたんだろう、とか。
共演者の方々になにも報告していなかったのか、とか。
いろいろ思うところがあるのはわかる。それでもなんでだろう、ぜんぜん怒れない。わたしの中に怒りの感情がわいてこない。ただただかなしい。ただたださみしい。その気持ちしかない。

田口があの発表でわたしたちにくれたものは、「お別れまでの準備期間」なんだと、わたしは思っている。
赤西仁に久しぶりに会ったあと、思い出したのは「直接お別れをいえなかった後悔」だった。KAT-TUN赤西仁はこれが最後だと、思わせてくれなかった。さよならっていえなかった。だからこそ心の奥底でふつふつと燻り続けるなにかがあった。
でも、田口は、あと四ヶ月の猶予を残して発表した。
それは「アイドル=虚像」としてファンを最後まで騙し続けることを選べなかった弱さでもあり、ファンを最後まで騙したままでいたくなかった彼なりの「ひと」としての誠意なのだと思いたい。
田口がファンに向き合った結果、いろんなことを考えて、突然のさよならを避けてくれたんだと思いたい。
四ヶ月の猶予をどう捉えるかは人それぞれだけど、田口なら、お別れするその日に「楽しかった?俺も」っていう気がするんだ。
そのとき「楽しかった」って全力で言いたい。さみしくて泣いていてもいいから、全力の「だいすき」をこめた「楽しかった」を返したい。
三度目だからこそ、今度は、後悔したままお別れを迎えないために、わたしは今日からのKAT-TUNのすべてを目に焼き付けようって決めた。あなたのすべてをだいすきとおもったまま、最後の日を迎えたい。
いまは、四人のKAT-TUNをまっすぐみつめて、大切にさせてほしい。

 

そのあとのことはまだあんまり考えられてないけど、それでもわたしの気持ちを正直に述べるなら、KAT-TUNを残してもいい、解散してもいい、結論はどちらでもいいから、残りの三人がいちばんしあわせになれる道を選んでほしい。ファンの気持ちなんて踏みにじっていいよ。何万何千もの気持ちが三人に向かう中で、自分たちの気持ちだけに向き合えっていうのはむしろつらいことだとおもう。それでも、世界でいちばんかっこいいと思ったKAT-TUNだから、世界でいちばんかっこいい自分たちだけの気持ちという結論を見つけてほしい。自分がもっとも望む道を歩いて。しあわせだって胸を張れる道だけを歩んでほしい。

 

ああ、どうしてこうなったんだろう。わたしのあいしたKAT-TUNからすこしずつ零れ落ちていくのを止められない。かなしい。さみしい。つらい。
それでもたったひとつ、願うのは、どうか、あの日はまだ六等星だった子たちが、それぞれがどんな場所にいたとしても、全員、ただただしあわせでいてほしい。しあわせでいてくれるなら、どんな選択であっても受け止めようっておもえるよ。しあわせでいて。しあわせでいて。しあわせでいて!!!どんな選択をしようとも、しあわせでいてくれなかったら、ファンも報われないんだから。