だいたいちょろい

二次元三次元ひとっとび

赤西仁に、5年ぶりに会いに行くことを決めた話

どうでもいいことなんですけど、やっと、赤西仁のライブに行くことを決めた。

赤西仁を直接目にするのはもう5年ぶりになる。
わたしのまわりには何人か脱退後も応援を続けている仁担がいたし、いままでライブに行こうと思えば行けなくはなかったとおもう。
平日行きにくいとかスタンディングかよ、とか、もろもろ言い訳しながら、どこかで避けていた、きっと。

だって、あの日、赤西仁が唐突にいなくなった。
だって、あの日、赤西仁が帰ってきた。
だって、あの日、赤西仁が、二度と戻ってこなくなった。

どれひとつとして忘れたことがない、わたしにとって、痛すぎる記憶だ。

2005年当時、わたしがすきになった亀梨和也には、赤西仁というシンメがいた。
背格好が似ているわけでもないのに、背中合わせに立つ姿がうつくしかった。
声質が似ているわけでもないのに、二人のユニゾンもハモリもうつくしかった。
二人とも自由に動いているように見えて、歌い終わりの身を翻すそのタイミングがコンマ一秒もずれないところがいとしかった。
あの頃、どれほど仲悪そうに見えてたってステージ上でだけ、赤西仁を助けられるのは亀梨和也だったし、亀梨和也を助けられるのも赤西仁だけだった。
そういうシンメだったし、亀梨和也の隣は赤西仁以外ありえなかった。
世界でいちばん「ステージ上で」輝くシンメだ。なんの疑いもなくそう思った。16歳のわたしはあのとき出会った仁亀という奇跡みたいなシンメに夢を抱いた。

そして仁亀というシンメを含めた、6人のことをすきになった。
6人でいればどこまでもいけるんだと、あのとき何も憂うことなく信じられた。KAT-TUNがトップを名乗る、そういう時代が来ることをわたしは一ミリも疑っていなかった。デビュー当時、まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いがあったし。
そのときこんな未来が待ち受けてるなんて思わずに、KAT-TUNの姿は純粋な希望をわたしに抱かせた。

それなのに、赤西の脱退を受けて、KAT-TUNは5人になった。わたしのすきになったKAT-TUNは、わたしの信じたKAT-TUNは、わたしが夢と希望を託したのは、6人だったはずなのに。

たぶん一度目のショックですべての気持ちという気持ちを使い果たしてしまった。当時ファンになって1年程度のぺーぺーの新規オタが何をという話だが。すきに成り立てのときに感情の振り幅が最大値になるタイプだからまあ仕方ない。
脱退ではありませんといわれたところでなにを信じればいいのかわからなかった。考えてみれば当然だった。当時のわたしは彼らのことを見始めたばかりでなにも知らなかった。
それでも自分の目に見えていた赤西仁が限界地点にいたことだけはわかっていて、それだけはたぶん間違っていなかったと思う。歌笑でcareを歌った赤西仁の顔色の悪さをみてこれは深刻だとおもった記憶はいまだに色濃く残っている。
そして帰ってきた赤西仁。そこにいるだけでしあわせなのだとあんなに感じたことはない。速報で流れてきた仁亀の肩組む姿を目にしてぼろぼろ泣いた。ただただ泣けて、くるしいほどWS見ながら泣いた。あのどうしようもないほどの安心感としあわせと信じたい気持ちと信じていいのかわからない不安が混ぜ合わさったあのときの感情はきっと今後も二度と味わうことのない気持ちだろう。
そして二度目の離脱からの脱退。諦めをつけていたつもりだった。そんなにショックを受けたように自分でも感じなかった。そうかとうとう。きっと赤西仁の方向性がどこからかずれていたことをわたしは感じていて、心は凪いでいた。自分はその程度だったんだなと思った。仁亀に対する気持ちもKAT-TUNに対する気持ちも、その程度なんだと思おうとした。

それでも、実際、あんなにすきだった赤西仁を、再びちゃんとこの目で見ようと、複雑な心情を持つなりにそう思えるまで、5年の月日が必要だった。

これが自分勝手なエゴであることはわかっていて、それでもあのとき「わたしの夢」「わたしの希望」だった6人を、「わたしがこの世でいちばん愛したシンメ」である仁亀を、捨てていった赤西にわたしは裏切られたと感じている。
結局、最終的にいちばん許せなかったのはわたしのすきだったものすべてを切り捨てていってしまったことなんだろう。わたしのすきだったものすべてを否定された気持ちになった。だからわたしが抱く赤西仁への複雑な気持ちはエゴであってそれ以上でもそれ以下でもない。


赤西仁を再び見ようと思えたのはなんでだったんだろう。
すきであることに変わりはなかったし、赤西仁の歌もダンスもすきだったから、ソロになってからのライブDVDもなんだかんだ買ってた。それでも直視出来なかったし、リピートも出来なかった。
ところが、今年の夏のはじめ、仕事帰りふと立ち寄ったTSUTAYAで「me」というアルバムを買った。
試聴機で軽い気持ちできいたら、文句のつけようがないすきなアルバムだった。赤西仁の楽曲厨としてのわたしが久しぶりに顔を出した。
赤西仁をゆるせないゆるしたくないとおもう気持ちがあっても、この音楽を赤西仁として世に出してきた赤西仁のことを嫌いになれるはずがなかった。
そもそもゆるすゆるせないとかちっぽけだ。
シンプルにすきだとおもったものを愛せる自分でいたかった。
あのときKAT-TUNを離れてまで、わたしのすきなものすべてと決別して描きたい世界がこれなら、もうどう文句をつけたらよかった?

アルバム「me」を引っさげたライブのレポは散々TLに流れてきていて、最初はミュートしようとさえおもった。KAT-TUNのことをさらっと口にしていたときいて、KAT-TUNのこと思い出として語らないでよと思っていた。あのときのKAT-TUNがいちばんすきだという気持ちが消えきらない中でKAT-TUN時代をまったくの過去として話す赤西仁は憎かった。自分勝手だけど。

それでもわたしは「すきな音楽を生できけるライブ」に行くことを決めた。
どんな気持ちになるかわからない。素直に楽しめるとは正直あんまりおもってないし勝手にあの頃を思い出して泣くかもしれない。

でも、いまの赤西仁の音楽をききたいとおもったから、明日、赤西仁に会いに行く。やっと、5年ぶりに。

泣いても笑ってもいまの赤西仁を見ることによってなにかの決着がつくのかもしれないし、つかないのかもしれない。まだわからない。
それでも明日、目にしたもの耳で感じたもの、そうして自分の中に生まれる感情を受け止めるだけの心の余裕がわたしのなかにありますように。