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だいたいちょろい

二次元三次元ひとっとび

わたしのジャニオタのルーツ

moarh.hatenablog.jp

先日実施されていたあややさんのアンケートに参加してきた。
「いったいジャニオタはいつどのグループでジャニオタになったのか」を問うアンケートで、詳細な結果は上記の記事を読んでほしいところだが、嵐が新規ホイホイなのはわかっていたものの、実際データとして見たときに2005年のKAT-TUNに釣られたひとの多いこと!非常に興味深い結果だった。
かくいうわたしも、初期の記事から公言している通り、アミーゴ出なので2005年のKAT-TUN出身ジャニオタである。はまった時点から結局担降りを経験することなくここまで来ておりいまも変わらずKAT-TUNオタとしての生活を楽しんでいるわけだが(KAT-TUNオタというにはDD化しすぎている件はさておき)*1まあ名刺代わりに置いておこう、ということで、わたしが亀梨和也及びKAT-TUNにはまったルーツを一度書いておきたい。
 
 
○2002年10月
ジャニオタ前段階として、わたしはKinKiKidsのことがミーハーとしてすきだった。
2002年といえばまだテレビの威光というものが強かった時期で、わたしも例に漏れずテレビっ子として数多くのテレビドラマを見ていた。そして小学生当時はまったドラマのひとつが堂本光一主演「リモート」だった。
2002年10月期に放送されたドラマで、概要はwikiをさくっと見て欲しいのだが、光一くんは、ある事件がきっかけで外出できなくなってしまった引きこもりの警視で、部下のくるみ(演じているフカキョンがまたかわいい)に携帯電話で指示を出し、リモートコントロールすることで調査を進め、事件を解決していくクールで知的な役どころだった。
陳腐な言葉でしか表現できないのが悔しいこと極まりないのだが、頭の回転が速く冷静な推理でクレバーに事件を解決していくその姿がほんとうにかっこよかった。あの王子様のような容貌でちっとも笑わないクールさ、ドジなくるみを罵るドSさ、文字列を計算式だと見抜き壁にずらずら計算式を書く等至る場面で披露される知的さ賢さ。少女マンガに憧れる年頃の少女には目に毒とさえ思うほどかっこよかった。
そしてジャニオタなら誰もが知る「愛のかたまり」を耳にしたのが決定打だった。なんとなく好きだなと思っていたこの曲が、光一くん作曲剛くん作詞だと聞いてしまったとき。
「光一くん作曲までできるの!?」
幼少からエレクトーンを習っていてそこそこ音楽知識のあったわたしはジャニーズといわれる人々の容姿のかっこよさは認めつつも、楽曲についてはジャニーズなんて、と思うことが多く素直にはまれなかったのだが、作曲できるしかもこんなにわたし好みの曲、というところで、完全に光一くんに落ちた。
とはいうものの、オタクというには燃料が足りず、Fアルバムを買っているものの、テレビに出演していれば優先的に見る、程度のミーハーなファンのひとりでしかなかった。熱量として「オタク」とまではいかないかな、と思ったため、アンケートではこの時期のことをカウントしていない。ただ、この時期にジャニーズに関する好意的な感情が土台として出来上がったというのは間違いない。
 
○2005年12月
そして時代は進み、わたしが亀梨和也にドンガラガッシャンしてしまう日を迎える。
アミーゴといえば当然青春アミーゴのことで、要するに「野ブタをプロデュース。」のドラマで落ちた人も多かったのかもしれないが、わたしの場合、あややさんのアンケートでいう「テレビ(ドラマ)」に丸をつけていない。
野ブタ出といわずアミーゴ出といっているのはつまり、なぜならば、わたしは歌番組で披露された青春アミーゴパフォーマンス落ちだからだ。
いまでも忘れない2005年12月1日、当時高校生のわたしはテスト本番に突入しており、早く家に帰れたので、ご飯を食べつつ休憩がてら、先日放送された「ベストアーティスト2005」の録画を見ていた。
当時は吹奏楽部員としてそこそこ部活に勤しんでいたので、中学時代ほどテレビ漬けというわけにもいかず、当時野ブタをプロデュースというドラマがやっていたことも、ごくせんで好きだった竜を演じている亀梨和也が出演していることも知っていたが*2、わたし個人の趣味として彰のキャラ造詣が好きじゃなくて、結果として野ブタを見ていなかった。
そして、わたしは「ベストアーティスト」で初めて青春アミーゴのパフォーマンスを目にした。
Aメロ出だしの亀梨和也のソロパート終わり、「ミ・アミーゴ」と歌う亀梨和也がカメラに向けて手を伸ばして目を細めた瞬間。
「ミ・アミーゴ」
「ミ・アミーゴ」
「ミ・アミーゴ」
「ミ・アミーゴ」
「ミ・アミーゴ」
無意識に巻き戻しボタンを押した。軽く5,6回再生したところでやっと気付いた。「あれ、なんでわたし巻き戻してる?」
いまでも不思議に思うのだが、わたしが亀梨和也に落ちたのはほんの一瞬の視線と仕草だった。瞬く間に落ちていった。気付いたら亀梨和也のパフォーマンスに魅入られていた。結果、何度も再生していた。
なんとか気を持ち直して続きを見ていると、2番になって客降りをしたあと亀梨山下が合流して「コンコン」というお決まりのポーズを決めた瞬間もやはり同じことをした。巻き戻しボタンが捗る捗る。
自分の身に起こった変化がよくわからなかったが、いまならわかる。あれはジャニオタという体質に生まれ変わった瞬間だった。亀梨和也という劇物による突然変異でわたしはジャニオタ体質になった。*3
青春アミーゴが、やばすぎる・・・」
こうしてベストアーティストのパフォーマンスから青春アミーゴにドハマリしたわたしは、この後、出来る限りのパフォーマンスを求めるべく、新聞を舐めるように見て青春アミーゴを披露する出演番組全録画という作業を始める。当然番組表のキーワード検索もキーワードで自動録画してくれる機能もダブ録もないVHS時代のことで、その熱量たるや。
やっている行動は完全にオタクだったが、当時ジャニオタを恐れていた、かつごくせんの竜ちゃんが大好きだったのにいまさら落ちるということに悔しさを感じていたので、自分はジャニオタにはなるもんかと思っており、この時点では亀梨和也にはまったとは認められずにいた。どうみてもはまっているのに諦めが悪い。
 
○2006年1月
当時KAT-TUNで出演していた「歌笑」録画をめぐって親と大戦争。結果として録画できなかった怒りから、なぜかこれから先のビデオは青春アミーゴかどうかに関わらず全部録画してやる、という奇妙な使命感が芽生え、すべてのKAT-TUN出演番組を録画すると決意。
そうして出会った少クラで、当時再放送していたラブ&ナチュラル回、KAT-TUNの歌うLove or Likeと赤西仁の歌うcareで世界が崩壊する。ジュニアなのにオリジナル曲を歌ったりするんだ!という驚き。しかもどれもこれも好み。あまつさえ完成度が尋常じゃなく高い。赤西仁がこんなに歌上手いなんて。
結果として歌が好きパフォーマンスが好み、というのは、パフォーマンス厨の自分にとって、KAT-TUNオタになるのにいちばん重要な要素だった。
 
○2006年4月
デビューまでは亀梨和也を、KAT-TUNを応援して、デビューしたら、足を洗おう。
1月のデビュー会見後、どうしてもKAT-TUNにはまるのが悔しくて(流行物に乗っかってしまうのに奇妙な気後れがあった)、デビューまでは応援する、と自分の中で決めた。
おそらく沼の深さに気付いていての自衛策だったと思うのだが、高校の友人からの誘いで脆くも崩れ去る。
KAT-TUNのコンサート行くんだ~」「えっうらやましい」「お母さんと一緒に行く予定だったんだけど、好きな子いるなら、って。行かない?」「い、いく」
敗北の即答。ちょろい。高校生当時から圧倒的にちょろい。
この時点ではまだ「コンサートに行ったら足を洗うんだ」と言っていた。ドルオタの方ならわかると思うが、初めて生でアイドルを見るというのに、そのあとでファンをやめようとか、いろいろと甘すぎる。
4月2日。入学式で新入生を祝うための曲を演奏し、解散したその足で名古屋レインボーホール(現在のガイシホール)へ。
 
結果、沼入りドボン。
 
立派なジャニオタが出来上がりましたとさ。
 
 
12月に青春アミーゴにはまってから4ヶ月もファンになることを足掻いていたんだから呆れるほかないが、ファンであることを認めたこの時点からまだFC入るまでに1年近く粘っているので、自分も諦めてとっとと手続きしとけよと言うほかない。
 
ところでわたしが光一くんにはまってた頃にバックに付いていたのは結成当初のKAT-TUNである。そのときはバックに目を留めるなんていう技術がなかったため完全に素通りしていて、いま思い返すとあの頃からKAT-TUNを見ていれば海賊帆に間に合っていただろうに・・・!と思わなくもないが、当時のヤンキーKAT-TUNにはまることはなかっただろうなとぼんやり思うので、やはりはまるタイミングというかめぐり合わせというか、お導きというものはあるなと思う。
 
以上、ジャニーズに好意的だった高校生がジャニオタにステップアップするまででした。
 

*1:今年の参戦履歴と予定:ガムシャラ、少クラ、宮野真守GRANRODEO、ナルステ、SexyZone、ガムシャラ、テニミュ、PE'Z、OLDCODEXKAT-TUNテニミュ、NEWS というジャンルレス現場厨っぷり

*2:ごくせん2は大好きだったし、当時女子全員が一度は味わった質問「隼人と竜どっち?」には必ず竜と返していた程度には亀梨に対して好意的ではあったが、その時点ではドラマ止まりだった

*3:そもそも二次元オタだったから気に入ったシーンをリピートするという行為には覚えがあったが生身の人間に対してそれをやる日が来るとは一ミリも考えてなかった