だいたいちょろい

二次元三次元ひとっとび

ジャニオタの読書遍歴

とある記事を読んで思い立ったのですが、今回はわたしの個人的な読書遍歴を書いておきたいなあと思いまして、ざっくりそんな話をします。
だいたい児童文学からラノベというよりも少女小説をひたすら読みふけり、その後雑多に読むようになる、といった流れです。

[小学生低学年]
・主に読んでた本
こまったさんシリーズ
わかったさんシリーズ
名たんていカメラちゃん
シャーロックホームズ

親が結構本を読むタイプのひとだったので、小学生低学年の頃から図書館に通う、という習慣が続いていました。どちらかといえば父親が本を読む人で当時自転車で図書館に通っており、わたしも自転車が乗れるようになったころから、父親の後ろについて図書館に通うようになりました。
その図書館には奥のほうにいわゆる大人向けの単行本の小説エリアが2階建ての書庫のような形になっていて、秘密基地のようで、毎回自分がかりたいものを決めて、親を呼びに行くたびに、わくわくと冒険をするような気持ちで足を踏み入れていたことを思い出します。
当時の名古屋市図書館は一度に6冊まで借りれたのですが、毎週日曜日に図書館で借りてきて行った日曜日のうちに全冊読破してしまうので「もうちょっとありがたくゆっくり読みなさい」と母親に呆れられていました。どうも文字を覚えるのが早かったようで読書もするするとこなしていたのでこの時点で中学年向けシリーズを乱獲して読んでいました。
この頃はひどいレベルの乱読というか、手あたり次第に中学年向けコーナーにある本を手に取り、気に入ったシリーズを見つけたらむさぼるように全部読む、を繰り返していたので、あんまり何を読んでいたかの詳細な記憶がないのですが、わりと名探偵ものを好んで読んでいたような・・・?
あとこまったさんわかったさんはみんなが通る道。

[小学生中学年]
・主に読んでたシリーズ
ミス・ビアンカシリーズ
シェーラひめのぼうけんシリーズ/村山早紀

この時期人生で1番読書から離れていた時期で何に夢中だったってたぶんアレ、CCさくら・・・・・・・・・・・・。
さくらから入ってなかよしっこだったのでずっとこの時期はなかよしを夢中でおいかけており、あまり読書って読書はしてなくて、何読めばいいのか迷子してた時代。
ミスビアンカはわりとおもしろかったんだけど最後まで読めなかったんじゃなかったかな・・・。
4年になった後半くらいに佐竹美保を挿絵読みするという読み方を覚えてやっとのことで本読みとして復帰しかける。最初に出会ったのが確かシェーラひめだった気がするなあ。絵がかわいくて手を取りやすかった。有名なのはネシャンサーガだろうけどわたしこれは読んだ記憶がなくてもったいないことした・・・そしてこの佐竹との出会いが後にファンタジー読みにつながり、ハウルの動く城ハリーポッターへと続くのでした。ちなみに村山早紀も作家読みしてていまになって竜宮ホテルとかで再会してるのほんとわらってる。児童文学作家好きはこの頃にできた素地がいまに至るまで続いている。

[小学生高学年]
・主に読んでた本
勾玉三部作/荻原規子
ハリーポッター/J・K・ローリング
ハウルの動く城/ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
史上最強の恋愛シリーズ/小林深雪

佐竹美保からファンタジーにはまるようになってやっと英国児童文学にたどり着き、親戚のお姉さんに紹介されて(このお姉さんもわりと本読み)、ハリーポッターを読み始めてドはまりしました。この頃の流れでハウルにも出会ってるけど児童文学でいちばんすきだとおもったキャラクターが後にジブリでアニメ化するなんてこのときはかけらも思っていなかった・・・いまでもこの件はいまでもジブリと解釈違いなのでゆるしてません・・・。
このころ前述の通りなかよし読んでた関係でデリシャス!から小林深雪に行き当たり、ごろっとはまりました。いちばん最初は白沢まりもの絵がすきで「あなたの夢かなえます!」から入って、小林深雪はほとんどこの時期から中学生にかけて読んでてほぼ全部読破してたんじゃないかなあ・・・。
あといちばん影響を受けているというかいまでも思い出すたび胸がいっぱいになるほど大好きなのが、もうどうやったって勾玉三部作から読み始めた荻原規子作品。正直この時期に読んだ本ではいちばん読み返す本になりました。一度読書から離れかけたわたしをもう一度立ち返らせてくれたのが、ほかでもない勾玉三部作。いま読んでもすきな話だしオタクには刺さるとおもうのでNLすきなオタクは白鳥異伝か薄紅天女をぜひ読んでくれよな。BLがすきなオタクは薄紅天女を読んで二連もとい二恋に転げ落ちてください。お姉さんとの約束だよ。近年ではRDGがアニメ化したことでも話題になった作家さんですが、個人的にはいちばんお堅い話のようにみえる勾玉三部作が原点であり至高です。西の善き魔女はいちばん少女小説チックなので読みやすいかもしれない。結構概念の話するけど。

余談ですがハウルの文庫版が出たとき解説がまさかの荻原規子で全俺が泣いたことを思い出します。こんなわたしのための文庫があってたまるか。もちろん初日に買いました。

薄紅天女

薄紅天女

 

 

[中学生]
・主に読んでた本
マリアさまがみてる/今野緒雪
レヴィローズの指輪シリーズ/高遠砂夜
東京S黄尾探偵団シリーズ/響野夏菜
DIVE!!!/森絵都

この時期正直読むものなくてコバルトしか読んでなかったな・・・・・・・・・。
というのも児童文学まだ読んでいいのか普通の純文学読んでいいのかわかんなかったから。あんまりエロいの耐性なかったので純文学でセックスとかいう文字列出てくると拒否反応出てだめだったんだよねほんと。中学生って読む本難しいから教えてよって思ってた。まあマンガばっかり読んでたからあんまり本に手出す余裕もなかったんだろうが。
前述の小林深雪からX文庫は読めるということがわかったので同じ棚にあったコバルトにも手を出し始めたのがちょうどこの頃。時代は「マリアさまがみてる」全盛期。読み始めたのが「涼風さつさつ」が新刊くらいの頃=2003年なので、なんとなく年代は一致している気がする。
いちばん最初はレヴィローズの絵に惹かれてレヴィローズから足を踏み入れた記憶はある・・・そこからコバルトをレーベルで読み始めて、マリみて、S黄尾、姫神さまに願いを、影の王国、東京ANGELあたりを好んで読んでいました。
姫神の鳴海ゆきも挿絵読みのひとりでついつい見かけると手に取ってしまう・・・花神遊戯伝に手を出したのはだいたい鳴海ゆきのせい。起屋一子も見かけると反応してしまうひとり。
数少ないまともなラインとしてはDIVEかと思うんだけどこれが小学生だったか中学生だったかはちょっと覚えてない・・・でも二次創作してたくらいだから中学生かなあとおもってこっちに入れた。森絵都のカラフルはたぶん小学生の頃に読んでて高校生になってから映像化しててしかも主演田中聖だったことに気付いてだいぶ笑った。

DIVE!!〈上〉 (角川文庫)

DIVE!!〈上〉 (角川文庫)

 

 

 

[高校生]
・主に読んでた本
バッテリー/あさのあつこ
IWGPシリーズ/石田衣良
生まれる森/島本理生
チームバチスタシリーズ/海堂尊

中学はラノベというか少女小説に偏り続けた読み方をしたんですが、いまに続くまで読み続けるちょっと文学寄りの作家さんに立て続けに出会ったのがこの頃。荻原規子は継続して読んでましたが、あさのあつこ森絵都と児童文学出身の方々を追い続けながら、恩田陸石田衣良江國香織島本理生海堂尊東野圭吾伊坂幸太郎と今に連なる作家さんたちに出会うことになりました。
だいたいのきっかけは高校の図書館と毎日のように寄っていた本屋さんで手に取って、のパターンです。
高校時代は市の図書館にいくよりも高校の図書館に通い詰めていて。というのも我が高校の図書館は外部公開してて学校外の人も利用できる図書館として開放されていたのですが、新刊(東野圭吾とか伊坂幸太郎とかそういうラインの新刊)がもっさもっさ入ってくる、そのくせ利用者が少なくて新刊を予約せずにすぐ読める、という本読みとしてはこれ以上ない環境でした。2年以降図書委員を務めた理由は新刊をチェックして読み漁るため。市の図書館だと予約1年待ちになる東野圭吾が1週間もしないで読めるってどれほどすごい環境だったことか・・・。
我ながらバカなんですけど名作バッテリーやっとこの段階で読みました。普通中学くらいで読んでおくべき作品。あさのあつこと出会って、バッテリーからNo.6を読むようになりました。
島本理生との出会いもこの頃。一生読み続ける本に必ず「ナラタージュ」をあげるくらいのナラタージュ強火オタクですが、「リトルバイリトル」「生まれる森」が連続して芥川賞候補になったことで注目するようになり読み始めました。この頃島本さんに出会ったおかげでナラタージュは単行本の時点で出会えていて、しぬほどすきだと思えた作品になって、ほんとうによかったなあと思う。今度松潤と有村佳純ちゃんで実写映画化されますがたのしみ半分恐怖半分です。葉山先生きらいになれないしんどい。正直創作というか物語を作る観点でいちばん影響されたのは間違いなくナラタージュなので島本理生に出会えたことはほんとうによかった。

バッテリー (角川文庫)

バッテリー (角川文庫)

 
ナラタージュ (角川文庫)

ナラタージュ (角川文庫)

 

 

[大学生]
・主に読んでた本
図書館戦争/有川浩
プリンセストヨトミ/万城目学
終点のあのこ/柚木麻子
神去なあなあ日常/三浦しをん

ここでやっと!!!やっと!!!有川浩に出会う!!!確かレインツリーの国を手に取ったのがはじまりだったように思いますが転げ落ちるように全部読むようになって、有川浩はほんとうに全作品ほとんどだいすきだと思える作家さんになりました。いちばんすきなのは書き手として重ねてしまう事象がおきたのでどうしてもストーリーセラーです・・・。
万城目さんに出会ったのも大学だったかな。どれもこれも長いくせにまじでおもしろいから困る。抱え込んで徹夜したくなる本ばっかり。
柚木麻子は大学の図書館で終点のあのこを読んだのがはじまりでした。正直嘆きの美女を読んだ社会人になってからのほうがすきだなと思えた作家さんなのですが、なんせ終点のあのこには赤西仁という文字列が出てくるのでもう印象が強烈で・・・すごい時事ネタだなとおもったんだ・・・アイドルの固有名詞出してくるのすごいなとおもって・・・。
三浦しをんになぜかまほろ駅からではなく神去から突入したわたしは異端だろうな。まほろ駅もすきです。

ストーリー・セラー (幻冬舎文庫)

ストーリー・セラー (幻冬舎文庫)

 

 

[社会人]

特に新しく読むようになったジャンルとか作家さんとかは特にないのでは・・・という気がします・・・。某TLのご友人に投げつけられるままにおすすめを読んでいる感じ。
一般っぽい話だと2.43はスポーツものがすきなひとにはぜひおすすめしたいバレーものです。
少女小説だと金星特急はうなされるくらいのヒットでした。
二次創作じゃないBLというか商業小説で読むようになったのがこの頃で、なんでか絵柄から崎谷はるひにドボンして作家読みしました。全作は読めてないんだけどなー。一穂ミチさんもすごいすきでできれば全部読みたいとおもっている。

2.43 清陰高校男子バレー部

2.43 清陰高校男子バレー部

 
金星特急 (1) (ウィングス文庫)

金星特急 (1) (ウィングス文庫)

 

 

いまはそれほど数を読めなくなってしまったので(社畜時間ない)、読書家とはもう言えないなあと思いますが、やっぱり本読むのはすきなんですよね。これからもすきな本をすきなときにすきなだけ読み続けられたらいいなあと思います。似たような道たどってきたひとでおすすめあれば教えてください!!!!!!!!!!

担当をふたりにすることの内情の話

去年、萩谷さんを担当にします、増やします、という宣言をしました。

choronao.hatenablog.com

それ以来、萩谷さんを担当にしたものの、実際担当が二人いるってどういうことなんだろう、って実は自分でも長いこと疑問な状態でちゃんとかたまっていなくて、ずっとふんわり考えて続けていたんですけど、最近現時点においての結論は出たなあとおもうので、わたしの担当がふたりということの内情をさらっと書いてみようと思います。ただの覚書です。

現時点ではこう思ってるけどきっと未来は未来で、また変わるのだろうと。というよりも、変えてくれと祈るような気持ちでもあります。

 

わたしの担当は亀梨和也萩谷慧悟です。
担当が二人もいると、「実際どっちのほうがすきなの?」とかきかれるのかもしれませんが(わたしの周りはDDが多いのもあって明確にきかれたことないけど)、わたしの場合、どっちもすき、だけど、それぞれに求めているものは明確に分かれているんだなって最近わかってきました。
わたしが担当にしたい、担当として見ていたいとおもう要素はいくつもあって(結局のところわかりやすく言い直すと「すきなところ」って話になるんだろうけど)、顔がすき、とか、腰のラインがすき、とか、ダンスするときの身体の使い方がすき、とか、ドラム叩くときの色気がすき、とか、プロ意識がすき、とか、真面目なところがすき、とか、あざといのむかつくかわいい、とか、ぽんこつかわいい、とか、なんでも背負いがちだから見ていなきゃ、とか、チームに対しての貢献のしかたとか、外見も内面も本人の持つ能力も全部ひっくるめると要素はたくさんあります。
現状担当がふたりいて、この要素のうち、二人にかぶっているものもあって、かぶっていないものもあります。
で、この要素というのは、時間経過とともになくなったり、はたまた生まれたりするものもあります。ひとというものは変わっていくので、当たり前といえば当たり前のこと。それこそぽんぽん髪型変えるタイプのひともいるし、そうじゃなくても外見は常々加齢も踏まえて変わっていくし、年を経て考え方が大人になっていったりもするし、それは良くなったこともあれば、自分の中でプラスに働かなくなったもの(決して「悪く」なったわけではない)も、正直どちらもあります。
年齢を経て、という部分なので、たとえば良くなる分にはもう歓迎するだけなんだけど、プラスに働かなくなるというものの中にはどうしようもないこともあって、そうして、もともとみてきたかめなしかずやの中にできたもの、なくなったもの、そのうち、なくなったものの一部を、わたしは萩谷さんに委譲することにした、というのが、あのときわたしが担当を増やそうと決めた真相なのかもしれない、と。

 

以前背負うことはなくなった亀梨和也から、担降りするかもしれません、という話をしました。

choronao.hatenablog.com

もちろんこの要素もあるにはあるんだけど、それ以外にも気になっていたことがあって、もう具体的に言ってしまうと、亀梨和也が全力で踊る現場というものはもうなくなったのだろう、と思ってしまったこと。そして、それを見せてくれる子はきっとジュニアにいるんだろうと、ジュニア現場に入るようになって気付いてしまったこと。
これが、亀梨和也以外の担当を持とうとおもったきっかけのひとつだったのかもしれません。

亀梨和也は特にジュニア時代、デビューしてからしばらくは、ずっとずっと、全力で踊っていました。全力で、というと語弊があるのかなあ、ガシガシって言ったら伝わるだろうか。適度に抜いたダンスをする子より、ガシガシ踊る子がすきなんですよね、昔から。萩谷さんもだし河合郁人とか、2.5関係で小越勇輝さんも同じ理由でダンスが好きです。
亀梨和也はコンサートのときに全力で踊らなくなり(これは年を経てそういうダンスに変わっていったということもあるし、1曲に使うエネルギーを減らして体力温存をはかるという意味もあるだろうし、必ずしも「悪くなった」とおもっているわけではない)、亀梨和也の全力のダンスが見られる現場というのは、次第にドリボという舞台に限定されていくことになりました。それがそもそも多くの亀梨担のドリボにかける熱意にもつながっていたような気はするのですが。

わたしの場合、すきになったとき、亀梨和也は全力で踊る人で、そこがとてもすきで、ずっと見ていたくて、ダンスを見たい、というのは、わたしの中の亀梨和也という担当を構成する要素の中で、結構な割合を持っていたものでした。
ところがここ数年ドリボが玉森座長に変わって、亀梨和也が明確にガシガシ踊る現場は皆無になってしまいました。
そして、亀梨和也のガシガシのダンスが見れなくなったというのは、本当に、自分でもびっくりするくらい、大きなことだったみたいで。
わたしが当初すきになった部分が、年を経ていくとともになくなってしまうことがかなしくてさみしくて、そうなってしまったとき、もう見れなくなったそれを代わりに、というと言葉は悪いかもしれないけど、違った形でもいいから、とにかく視界で追いかけることに夢中になれるようなダンスを見せてくれる人を無意識に探していて、それがわたしにとって萩谷さんで、だから萩谷さんに「ダンス」という担当であるための要素を委譲したんだなあ、ってことに気付いた。

もちろん萩谷さんのすきなところはダンス以外にもあるわけだけど、現時点でわたしが萩谷さんでみたいものはわりとダンスをはじめとしたパフォーマンスに集約されがちな状況で、正直に言えば萩谷さんのダンスが見られることがいちばん大事で。
言ってしまうと、「グループの一員としての振る舞い」、という要素は、いまだ亀梨和也に預けているから、だからわたしは「Love-tune萩谷慧悟」にうまく愛着を抱けなくて、それはLove-tuneというグループに愛着形成ができないことに直結してる、ということになんとなく気付きつつある。
Love-tuneというグループが出来たことそのものはうれしいのに、萩谷さんがグループに所属するようになったことはほんとうにうれしいのに、Love-tuneにいる子は全員だいすきなのに、Love-tuneというグループの構成がすきなのに、全部嘘じゃないのに、なんでうまく愛せないんだろう、ってわりと長々悩んでたんですけど、あーーまだこの部分は亀梨和也に預けてるんだなあ、わたし、っていまさらなことに気付いて、でも少しすっきりしました。
萩安もね、すきなのはほんとう。でも、「シンメとしてのふたり」は、きっと、一生わたしはあのふたりに預けたままなんじゃないかという気もしていて。これ以上、どこかでちゃんと、消化できるのかなあ、消化する日が来るのかなあ。萩安がいつか上回る日が来てほしいけど、そうじゃなくても仕方ないともおもっている。だって青春を超えるのは難しい。それは単純に、もう自分自身が事実としての範囲を見失うほどには、きれいに「美化」されているから。
ただ、それそのものはきっと悪じゃないし、別にいますぐどうこうできるものでもなければ、そうすべきっていうものでもないし、無理に感情を動かせるわけでもないし、だから、わたしはしばらくはこのスタンスでいくだろうなあと、すとんと落ちてきた。
いつか、萩谷さんが、ほかの部分を、たとえば「グループの一員としての振る舞い」とか、「真面目なところ」とか、亀梨和也から委譲させてくれたり分担したりするものが増えるなら、それはそれでしぬほどうれしいんだ。だから、自然にそうなる日がいつか来るのであれば、それを歓迎するし、わたしはのんびり見守りながら、待っている。
萩谷さんに関しては、自分にはいちばん関係ないと思っていたオンリー担みたいな事態になってて自分がいちばんびっくりしてるし笑ってるけど、でも自分がみたいと思っているもの、大切にしたいと思っているものに対して正直でいないと続かないし、その範囲で担当ふたりともを大事に見守りたいなあと思っています。

以上、わたしが担当をふたりにした、現時点での内情でした。

寺島拓篤starting red公演が楽しかった話

寺島拓篤しぬほどいとおしいんだけどいったいどうしたらいいのだ

 
寺島拓篤ソロライブstarting redに参戦してきました。6/11だからもう1ヶ月経ってた。あっという間だな。書きかけてたものがあって中身読み返したらもったいなかったのでほとんどそのままアップしてしまう。
寺島ソロとしてはPrism以来だったんですが(ファースト申し込んで外れたの懐かしい)、Prismめちゃめちゃたのしかったんだけど今回もしぬほどたのしかった。
 
寺島ライブの何がいいってやっぱり曲が最高に好みっていうところかもしれない。
ロックっぽい曲もぴこぴこっぽい曲もあって、自由な選曲かと思いきや、セトリ並べるとどの曲も浮かないの不思議。セトリ作るのが上手なのかな。
個人的には今回のセトリ、ラストスパートがえぐすぎて足がしんだ。跳ねすぎて足痛くてつらくて最後諦めて裸足で踊り狂いました。
architectがほんとうに大事だなあとおもう曲かつすごい飛び跳ねられる曲なのですきです。
ビビットナイトフィーバー振り付け動画あるの知らなくて当日その場で振りコピしたけど大変たのしかった。ジャニオタの特技いろんなところで活きてる。 
0+1(ラブアンドピース)はまじで飛んで跳ねて最高たのしいの極みすぎてちょっと頭おかしくなりそうだった。 現場で聞くことに意義のある曲。
 
中盤、普段はやらないんですけど、ずるいから、と前置きした上で、今日はキャラソン歌います、という流れになった。
そりゃあ、期待しちゃう。だってわたしにとって寺島は、どうしようもなく、第一義として一十木音也の中の人だ。
途中でギターが運ばれてきたのがわかって、その瞬間から震えていた。寺島がプリライのためにギター練習したのは知ってた。あの日見たから。後日ツイッターのレポで歌詞もコードもモニターに出てなかったって聞いて泣いた。まさかとおもう気持ちが止められなかった。
寺島がいう。「自分の音楽活動はこのキャラクターをきっかけに生まれた」と。
「だから、今回のタイトルをstarting redとした」
きいた瞬間、顔を覆った。はじまりの赤。赤が指す人を、わたしはひとりしか知らない。
「きいてください、うたのプリンスさまから一十木音也でBRAND NEW MELODY」
  
まーーーーーーーー泣いたよね。正直ね。だってすきだもん。
ずるいと思った。でも、そのずるさを自覚していて、わかってた上で、そのずるさに甘えない人だから、すきだと思える。
寺島本人も言ってた通り、あれだけキャラソンを歌ってきた人なので、権利関係置いとけばキャラソンだけで1公演丸々ぜんぜんセトリ作れるだろうと思う。普段はやらないけど、でも、自分はもともと声優で、自分自身の音楽活動をはじめるきっかけになったのも、キャラソンだから、キャラソンを聞いた人が「もっと聞きたい」といってくれたおかげだから。そういって5周年という場だからこそ、キャラソンを歌うことを決めた寺島拓篤のこと、信じられるなと思う。寺島は自分の立ち位置をあくまで声優に置いているということがきっちりわかるから、すきだ。声優として歌ってきたものが求められたから、自分の作品を出して歌うし踊るけど、絶対にベースを声優においてることわかるから、信じられる。
あのとき寺島が歌っていたBRAND NEW MELODYは音也の歌うBRAND NEW MELODYとはまた別物だったと思う。もちろんアレンジが違うとかそういう物理的な面はあるんだけど、やっぱり声違ったような気がする。わたしの耳が都合よく解釈しすぎていたらあれだけど。でも歌い分けの上手な人なので本人と声が似ている音也だけど、間違ってないと思いたい。
きっとあれは寺島拓篤が音也の曲をカバーして歌っていたので、歌っていたのは一十木音也ではなかった。あそこに一十木音也としてではなく、寺島拓篤として立ちながら、一十木音也の曲を歌うってとても難しいことのような気がするのに、そこを間違えない寺島拓篤がすきだなあ。やっぱり寺島が一十木音也の中の人でよかった。
 
わたしは寺島を本格的に追いかけることはたぶんないんだけど(なんせ他に優先してしまうものがありすぎる)、それでもこうやってソロライブあれば足を運びたいなあと純粋に思うし、これからも大切なひとりという位置にはおいておきたいなあと思う。次にやるツアー、チケットあれば行きたい。
ほんとうにありがとう。寺島拓篤、いとおしいがすぎる。
 
 
TAKUMA TERASHIMA LIVE 2016 EX STAGE ~STARTING RED~
M1 ソラニ×メロディ
M2 Prismatic World
M3 SCARLET SIGN
M4 JUMBLE TOWN
M5 フレンド
M6 blue moon
M7 magic words
M8 colors of love
M9 Special Day
M10 BRAND NEW MELODY
M11 a blank map
M12 existence
M13 Nightmare
M14 Architect
M15 0+1
EN1 ビビッドナイトフィーバー!
EN2 sunlight avenue
EN3 DRIVE!

あんさんぶるスターズon stageが控えめに言って最高だった話

※20000字近いので暇なときに読んでください※

 

あんさんぶるスターズ on stage 全13公演お疲れ様でした!!!!!

18日ソワレ初日・23日ソワレ・25日ソワレ・26日ソワレ千秋楽と4公演入ってきました。
最高とかしぬほどたのしかったとかもうまったく語彙のない感想しか口に出来ない脳みそつるつる野郎になって帰ってきたんですが、なんとか覚えておきたいことを覚えている限り羅列しておこうと思います。いまさらかよってツッコミがきこえそうだけどいまさらでも書きたい書かせて書かせろ。昨年度のふまソロに続く現場シャブ部門大賞受賞作品ですどうもおめでとうございますありがとうございます。
アンデPの二枚看板厨なのでアンデ寄りに見ようとはおもってましたが、入ってみて紅月最高、こにせときたむは信じられる、高崎のやるせないずすきだ、しののんがかわいすぎてつらい、トリスタまばゆい青春、という箱推し気味の人の感想です。稀に邪な視線が入るかもしれませんがご容赦ください。

 

さすがに長すぎるので畳みます。

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2016年上半期まとめと私的上半期ベストコンサート

年を取るごとに一年が飛ぶようにすぎていくので本当におそろしいですね。

もう2016年度の上半期が終了しましたので、この時期恒例となりつつある現場振り返りブログを書いておきたいと思います。


●1月
1/3
YOUは何しに?タッキー&翼CONCERT そこにタキツバが私を待っている 正月は東京・大阪へ 横浜アリーナ 18:00
1/16
うたの☆プリンスさまっ♪ マジ LOVE LIVE 5th STAGE さいたまスーパーアリーナ 17:00
1/17
うたの☆プリンスさまっ♪ マジ LOVE LIVE 5th STAGE さいたまスーパーアリーナ 15:00

 

プリライはこんなにも長ったらしい感想を書くくらい本気でたのしくてしあわせでしにそうだったしだいぶ溺れた。すきな曲をきける現場というものはそれだけでいいものだ。

choronao.hatenablog.com

 


●2月
2/20
劇団四季 ウエストサイド物語 17:30
2/21
ミュージカル「テニスの王子様」3rdシーズン 青学vs山吹 TOKYO DOME CITY HALL 13:00
ミュージカル「テニスの王子様」3rdシーズン 青学vs山吹 TOKYO DOME CITY HALL 18:00

 

テニミュはジミーズが最高すぎてずっとジミーズ増やしたいジミーズ・・・って言ってました。まあそれほど増やす余裕なかったんですけど。

 

●3月
3/19
Hello!Project ひなフェス2016 モーニング娘。'16プレミアム パシフィコ横浜 12:00

 

ひなふぇすめっっっっっっっちゃ楽しかったしこの日見たアンジュルムとキュートがあんまりにも最高すぎて実際今年上半期の次々続々と人生はSTEP!の再生回数がえらいことになった。両方とも武道館あったのに平日でタイミング合わず行けなかったので次こそは・・・!!

 

●4月
4/2
モーニング娘。'16 CONCERT TOUR SPRING EMOTION IN MOTION 日本特殊陶業市民会館フォレストホール 15:00
4/3
KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR "10Ks!" ナゴヤドーム 16:00
4/9
舞台「黒子のバスケ」 THE ENCOUNTER サンシャイン劇場 18:00
4/20
KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR "10Ks!" 京セラドーム 18:00
4/23
舞台「黒子のバスケ」 THE ENCOUNTER サンシャイン劇場 13:00
舞台「黒子のバスケ」 THE ENCOUNTER サンシャイン劇場 18:00
4/24
WELCOME TO SEXY ZONE TOUR 国立代々木競技場第一体育館 16:00
4/29
KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR "10Ks!" 東京ドーム 18:00
4/30
KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR "10Ks!" 東京ドーム 18:00

 

なにも言葉にするまい。この月が今年上半期の山場でした。
娘はくどぅーのミスムンで本気の黄色い声援出して「キャーーーーーーーー!!!!!!」って出来たのでそれだけで満足です。
黒ステは思ったよりたのしかった。赤司くんガチ恋クソ原作厨として名を馳せるわたくしですが、いろんな制約がかかった中で出来る限り期待に沿うものを、よいものを、と志して作られたことは見て取れました。キャスト陣スタッフさんお疲れさまでした。ありがとうございました。わたしはなんだかんだ黒子のバスケという世界観を舞台として見ることができてしあわせだったとおもっている。
何気にせくぞたのしかった。五関担シゲ担中丸担亀梨担の奇妙極まりない4連。この日すごい良席だったのでジュニア見るのに捗りすぎた。セクゾバックのストーンズとかおもしろいに決まってたからな~。じゅりちゃんの爆撃ファンサみてすごいなとおもった記憶。


●5月
5/1
KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR "10Ks!" 東京ドーム 18:00

 

まあ、あの日のこと含め、あの子たちのことはすべてここに書いたと思っているので。

choronao.hatenablog.com

思ってたよりスターが多くついたことにびっくりしました。読んでくださった方ありがとうございました。


●6月
6/11
ミュージカル『刀剣乱舞』~阿津賀志山異聞~ AiiA 2.5 Theater Tokyo 13:00
TAKUMA TERASHIMA LIVE 2016 EX STAGE ~STARTING RED~ 東京国際フォーラム ホールA 18:30
6/13
NEWS LIVE TOUR 2016 QUARTETTO 東京ドーム 18:00
6/18
あんさんぶるスターズon stage AiiA 2.5 Theater Tokyo 17:00
6/22
あんさんぶるスターズon stage AiiA 2.5 Theater Tokyo 19:00
6/25
あんさんぶるスターズon stage AiiA 2.5 Theater Tokyo 17:00
6/26
あんさんぶるスターズon stage AiiA 2.5 Theater Tokyo 17:00

 

あんステですべてが狂った。ほんとうにこの舞台許さない。昨年のふまソロに続くレベルの頭悪くなるシャブ舞台だった(全力で褒めてる)。いま書いてる感想がすでに10000字を超えているのでどうまとめようか頭が痛い。でもこれを公開せずにおいておくのは逃げだ。


計24公演
(参考:2015年上半期24公演)

・・・・・・・・・・去年より少ないとおもってたのに・・・・・・・・減ってない・・・・・・・・・おっかしいな・・・・・・・結局現場厨は現場厨だった・・・・・・。
KAT-TUNの後、どうにもこうにもジャニーズの現場に行く気があまり起きなくて困りますね。おかげで2.5次元の予定ばかり立ててるところです。でもサマステは死ぬ気で行きます。今年萩谷さんに会ってないの由々しき事態である。笛ステがちょっと取れすぎたのもギャグだった。いまのところ4公演ほど行く予定です。こけないことを祈ってます。


<上半期ベストコンサート>

KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR "10Ks!"

いっそあんステって言いたかったんだけどな~。笑
もういまさら言葉は必要ないでしょう。あんなコンサートは最初で最後だといいな、という祈りもこめて。早く充電完了して戻ってきてくれないと本当に張り合いがなくて困るんだからね!!

 

初めてKAT-TUNのコンサートに行った日

お題「初めて○○のコンサートに行った日」

 

お題を作った張本人にやってよといわれたので書きます。書いた本人が恥ずかしくてしにそうなおもしろくもなにもない懐古です。

 

もうはるか彼方昔のようですが、いまは10年選手になってしまったわたしにもKAT-TUNコンに入った初日というものがありました。

2006年4月5日の14時公演。RearFaceツアー名古屋レインボーホール公演。わたしがはじめてKAT-TUNを生で見た日で、わたしにとって生まれてはじめてのコンサートでした。(エレクトーンのライブは何本か行ってたけどあれは別枠な感じ)

もうずいぶんと昔だなあと思いつつ、あの日みたスタンドからの景色はいまでも忘れていない。ステージとの距離感も、角度も。やはり特別なのかもしれない。はじめてというものは。

とはいうもののもう10年も前で細かい部分は覚えてないので、当時のわたしが高ぶりすぎて残していた10000文字超えの感想をもとに、はじめてのコンサートを思い出してみようと思います。

まるで夢見てたみたいだなぁ、と。
なんか、これで眠ったら全部、泡沫の幻になって消えちゃうような気がするの。
彼等に逢えて、歌聞いてきたこと。目の前にちゃんと、彼等が存在してたこと。
さっきまで確かだったこと全て、実は砂の城だったんじゃないかって。
考えだしたら恐くて、眠りたくないよ…。  

ちなみに当時の感想は上記出だしではじまっていた。この頃からポエムは得意分野。

 

当時コンサートに入るまでの経緯は何度か触れている気がするのですが、2005年のベストアーティストをみて修二と彰のパフォーマンスで亀梨和也に完落ちしたところから話がはじまります。当時の流れはこのエントリでだいたい書いているのでこちらをどうぞ。

choronao.hatenablog.com

偶然にもまわりには普段から「赤西くんがかっこいい!」を連呼している赤西担の友人が3名ほどおりまして*1、デビューツアー行くんだよねって話をきき、「うらやましい」「亀梨がすきかもしれない」ということをつるっと話したらうっかりチケットを譲ってもらう流れになって、好き(かもしれない)とおもってわずか3ヶ月で現場に足を運ぶ流れになったのでした。

 

さて当日の話をします。

当時わたしは高校生で吹奏楽部員だったのですが、この日は奇しくも高校の入学式があった日で、吹奏楽部員は式での校歌演奏のため出席が義務付けられていました。他の一般生徒はもちろん休みですうらやましい。先述の赤西担3人と亀梨担のわたしで4連したのですが、赤西担の1人とわたしは吹奏楽部員で、他2人は吹奏楽部員じゃなかったので先に現地に行っていました。

午前中で入学式は終わりますが、決してレインボーホール*2から近くない学校だったので、14時公演に間に合わせようと思うとそれなりにタイムアタックが必要だったはずです。ぜんぜん覚えてないけど。

記憶がおぼろげなのですが、別に私服校ではなかったので、着替えをもっていってどこかで着替えたような記憶があります。当時コンサートに制服で行くという考えがなかったのと年齢アピールするようでとても恥ずかしかったので、制服で入るという選択肢はありませんでした。いまとなっては「そんな女子高生しか許されないイベント通過しとけよ!!!!!!」って感じですが。若いからこそ許される制服参戦。来世生まれ変わったら制服でコンサートに入ってうちわ作って「○○くんにファンサもらっちゃった~♡」とかいうきゃぴきゃぴしたオタクになってみたい。

先述の通りタイムアタックだったので先に会場入りしていた2人にグッズは代行してもらいました。はじめてのグッズ列戦争♡は次回に持越しです。このときはじめてジャニーズのグッズを手に持ったわけですが、買ったものは確かペンライトだけだった気がする。うちわも買わなかったし当然作らなかった。亀梨和也亀梨和也がすきな自分を認識されたくないとおもっていたことがあるので、うちわを持つという選択肢は微塵も浮かばなかった・・・。「ザ・ジャニオタ」みたいな振る舞いが恥ずかしいお年頃だったんですよね・・・亀梨和也の顔がバーーーンと出るグッズを持つ勇気もなかった・・・自意識過剰で若かったんです・・・。

デビューしたばかりのこの年のペンライトはオリジナルじゃなくて、ジャニーズ共通の赤メインで青と緑のがふちをぐるぐる回るやつでした。通称かたつむり(勝手にそう呼んでる)。初めて買ったペンライト、いまも現役でたまに使っています。あんまりかわいくないし絶滅危惧種だろうけど。赤いペンライトが会場を埋め尽くす瞬間、例に漏れず感動したな。

始まる前から終わったあとまで、ひたすらきゃぴきゃぴしててテンションが高くてすごく浮かれていて、ボキャ貧の極みすぎて終始「やばい」しか言ってなかったし、なんていうか全体的にノリが若かった。それでも緊張していたらしいので(覚えてないけど感想に書いてあった)、あの頃から緊張しいなの変わってない。なんで緊張するんだろう。いまとあのときで緊張の意味合いは違うけど、それだけ「覚悟をもって挑む場所」なんだろうな、KAT-TUNのコンサートって・・・なんたって戦場だし・・・。

お席はスタンドの25列だったんですが、たぶんこれ表記列でレインボーホールは前10列が潰れるので実質15列くらいだったと思います。はじめてテレビの向こう側の人に出会うので、豆粒だろうと覚悟していたのに、思った以上に体感として近く感じたこと、トロッコが18列通過のはずなので、トロッコが目の前を通過したときはおそろしく近くてきちんと人に見えたことに興奮した気がします。いや、当たり前に人なんだけど。下手側のJブロックでセンステよりメインステ側。ものすごく見えた景色というか角度を覚えていて、なんだか不思議。何を見たっていう具体的な挙動が思い出せるわけではなくて、その角度からみたステージの風景というか会場の風景をはっきりと覚えている。

会場入りして、時計みながらあと何分?あと何分?って言いながらそわそわそわそわしてペンライトがつくことを確かめて、ああ落ち着かない!としているとどうやらコールが当時はあったようです。まったく覚えてなかったけど書いてあった。いまのKAT-TUN担には想像もつかないけどやはり当時のファン層は若かったんだなあ。わたしも年取ったっていう話だけど。

アリーナ席の一部でメンバーの名前コールが始まり、「か~め(チャチャチャ)じ~ん(チャチャチャ)こ~き(チャチャチャ)…」とメンバーの名前コール! 

公演そのものの記憶もおぼろげだけど、いちばんすきだったNEVER AGAINがメインステで披露されてとても興奮したこと、ダンスがかっこよくて、あの赤西のフェイクをきいて鳥肌たったことはよく覚えてる。

はじめてみた彼らの姿に対してどう思ったかの感想が残ってなかったので大変無念です。確か猛烈に「テレビの向こうにいる人たちも実体のある人間なんだな」ってことを感じた記憶がある。テレビの向こうで笑っているひとたちが自分と同じ生物でホモサピエンスだということを疑っていた頃・・・。ただ当時はこじらせきっていて、光一くんにはいくらでもかっこいい!といえたけど、KAT-TUNに対してかっこいいとかかわいいとか素直に言えるタイプではなかったので、素直な感想は残らなかっただろうなあと思う。ほんと厄介な性癖抱えながらオタクしてたな。汗が滴り落ちる瞬間をみて彼らが呼吸して汗をかく存在だとはじめて認識するくらいの感覚。それさえも美しい図だから現実味がない。わたしにとってはあの頃からアイドルは遠く離れた場所にいるひとだし、そういうひとたちが気まぐれに現世に降りてくるのがコンサートみたいな感覚ある。

レポは1曲ずつ感想を書いていたので、1回しかみてないのによく覚えていたもんだなあと思います。覚えてないところは覚えてないって素直に書いてあるけど。何の曲がきてもだいすきな曲ばっかりで、すごくうれしくてたのしかったことは覚えてる。ただ、きちんと残しておきたいという気力が勝っているせいか案外冷静にどういう構成でどの立ち位置で歌っていたのか等が記憶の限り残してあります。はじめてのコンサートだったから鮮烈で覚えてられたのかもしれない。

亀梨和也のソロは00'00'16でしたがもう興奮していたようで当日の記憶はほとんどないけどスーツにハット姿、ムービングに置かれた椅子はめちゃくちゃ目に焼きついている。当時の感想はいま読み返すといろいろとしにたくなるけどここで成仏させよう。

…もうごめん、あえてコメントなしとか、駄目? 正直、マジで落ちる寸前だったんですけど…! よく気絶しなかったね、私。曲調はダンスナンバーな感じ。メインステから始まって、途中からステージが動いて大体真ん中くらいで止まりました。
で、曲は、って聞かれるとあんまり覚えてなくて いやだって、もう目が釘付けだったんだよ! 目だけでいっぱいいっぱいで、とてもじゃないけど耳は追えなかった…。何をやっていたかというと、最初はステージに白い椅子がポツンと置いてあるわけですよ。何に使うって、もうわかると思いますが、ダンスですよ! 座ってみたり、周りを回ってみたり。ていうか、椅子との絡みがセクシーに見えるっていうのは私の目が腐ってるからなのか? 
そして何が亀梨一番やばいって、衣裳です、衣裳。最初は普通の白スーツだったんですよ? でもね、曲が進むごとに一枚ずつ脱いでいきやがるんですよ…! 最初はジャケット、次はネクタイ(このときの仕草が超絶セクシーで格好良かった…)、で最後は黒シャツまで脱いじゃいました…。つまりは上半身裸の状態ですよ。えぇ、もちろんファンの悲鳴がもんのすごかったですとも!! …私は正直あんま直視出来なかったんですが まぁ色んな意味で絶叫するしかないソロでした、はい。曲も確か格好良かったよ!  

あとハルカナ約束とI LIKE ITのペンライト芸はデビュー前からお約束になっているというのは知っていたので、その2曲が生で見られて、一緒にペンライトを振ることができたの、とてもうれしかったし、その景色がうつくしくて感動した。

中盤のお遊びでコスプレコーナーなるものがあって、それぞれ当時出ていたドラマの格好で外周を一周しながらオリジナルブルー、MIRACLE、青春アミーゴを披露するコーナーだったんですが(これDVDになっていないのが悔やまれる)、当時青春アミーゴ落ちのわたしは生で見られるとおもっていなかったので、隣の友人に倒れ掛かって介抱されました。パターンがいまと同じすぎて成長がない。

アリーナ公演なのでスタンドトロッコあったんですが、わたし基本的にトロッコ運がなくて、初回のこの日も亀梨が逆サイドで大変落ち込んで帰ったことを思い出します。

本編ラストのPRECIOUS ONE、とても感動的な風景だったな。本編ラストがこんなドラマチックなのはデビューツアーだったせいか、自分がはじめて味わったコンサートだったからなのか、もうよくわからない。終わってしまうことがとてもさみしかった。自分のすきな曲ばかりでタコ殴りされて、すきだとおもった亀梨和也が、KAT-TUNが目の前に確かに存在していて同じ空気を吸っていて、夢みたいにふわふわした居心地だったので、あっという間に終わりまできてしまったことが嘘みたいだった。

あとよく覚えてるのは亀梨。最後に「また戻ってくるまで浮気すんなよ」と言ってたんです。その場では「亀梨に言われちゃったら出来るわけないじゃん!」とか思いましたけど

挨拶こんなことを言っていたらしい。記憶はなかったけど結局のところいまに至るまでほとんど浮気らしい浮気をせずに来たので、ちょっとわたしってだいぶ健気じゃない??

アンコールはリアフェから!しょっぱなから亀梨が「名古屋を手に入れるんだ」と替え歌し、会場ヒートアップ(笑) しかも次は赤西が「ドロップキックしたつもり 今日はありがとう」と替え歌して大悲鳴(笑) いや、でも嬉しいもんだよ、やっぱり。

アンコールのReal face、わたしの愛した仁亀がいて、読みながらうっかり泣きそうになった。あの出だしで替え歌するふたりがすきだった。会場でしかきけないアレンジがすきだった。いまに至るまでいくつもいくつも見てきた聞いてきた、わたしにとって最初のRealFaceも彼らはそうして替え歌して自在に観客をたのしませていたこと、思い返すとやっぱりうれしい。

 

帰り道みんなと駅で別れて帰宅する足取りがすごくふわふわしていた。とても地に足は着いていなかった。Best of KAT-TUNをひたすら繰り返すMDプレイヤー(時代を感じる単語)とイヤホンから流れてくる今日聞いたあの曲!!ああ、あれもよかった!!そういえばこんなことあったな!!あ、ここどんなだっけ・・・?明日友達にきこう!!

あの日からしばらくの間わたしはとても浮かれていた。世界一ハッピーってこういうことかな!ってくらい。世界は明るかったし、世界はわたしのために回っていた。とても無邪気に楽しんで、KAT-TUNを生で見た、という事実だけで浮かれていられた。思い出に浸りながら、デビューで怒涛のように続く番組出演をすべて録画して繰り返し見て*3youtubeで過去の映像を漁って、毎日が新しいKAT-TUNでアップデートされていく日々。ああ、早く次のコンサートに行きたい、と心から思っていた。

まあその半年後には赤西留学という荒波に放り込まれた上、次のコンサートは赤西のいないカツカツ初日だったので、短いふわふわ期間だったな~。いま思い出すと。笑

でも、はじめてのジャニーズコンサートかつ、はじめてのKAT-TUNかつ、はじめてのコンサートでもあったので、目の前のことをそのまますとんと受け入れて素直に「たのしい!」モードになっていた気がします。こういうもんなんだ!という半ば刷り込みに近かった。

今回、初参戦でした。興奮三昧で、結局あまり覚えてはいない気もするのだけど(苦笑) 色んな意味で緊張はしたなぁ。けど、楽しめたからそれで良いと思う。
泣きそうにさえなりながら、目の前にちゃんと彼等がいることが嬉しくて、興奮して、帰り道もずっと語って、覚えてないことだらけで友達に聞きながらこれ書いて(笑) そういうのがすごく楽しくて、今回はそれだけで行った甲斐ある、って思えた。
もちろんこれは全て彼等のおかげで、努力の賜物です。ありがとう、なんて、私は素直に言えないけど(苦笑) 良かったよ。それだけ、言っとくね。

もし次また名古屋に来てくれるなら、きっとその会場には私たちの姿があることでしょう。
今日を大切な思い出にして、次を楽しみにします。
一緒に行ってくれた友達3人、そして今回のチケットを譲ってくれた友達のお母さん(笑)、今回のコンに参加してる人全員、ステージを作り上げてくれた全てのスタッフさんと、何より彼等、みんなにありがとうを!

 

締めも大変なポエムでしたが、すべてに感謝したがるのは自担譲りということにしておいてください。

 

やっぱり当時すっごくすっごく楽しかったことだけは事実で、10000文字というボリュームからも当時の自分がたったの1回のコンサートをどれほど大事に味わっていたのか、10000字書くのに1ヶ月かかったことも覚えていて、繰り返しその間脳内で再生しながら書き上げた感想を、いままで残しておいてよかったなあと思う。そりゃあもうものすごく読み返すのに胆力がいったし恥ずかしいんだけど。笑

近頃はもう多ステに慣れてしまって、この頃のたった1回を大事に抱きしめる感覚、薄くなっていたなと反省する。KAT-TUNがくれる貴重な「1回」ずつをしっかりたのしみたいな、と思いながら、充電明けを待とうと思います。

ほら~~~~~~~~~楽しむ準備できてるから早く充電完了してくれよな~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!

 

 

 

KAT-TUN Live of KAT-TUN

KAT-TUN Live of KAT-TUN "Real Face" [DVD]

 

このツアーのアリーナ公演でした。

ドームとアリーナでは多少構成違ったけどデビューツアーラストを収めたこの日はほんとうに涙なしには見れなかったな~。

*1:当時アイドルがすきそうなスクールカースト頂点なグループに所属していたわけではないのに近辺に3人もいたので当時の仁亀フィーバーがいかにすごかったかわかる

*2:現在のガイシホール

*3:当時のメディア露出が引くほど多くて、VHSで3倍録画の6時間で撮っていたテープが1週間で消えた週もあった

新規だとか、古参だとか。

非常にセンシティブな話題ですが、主観とくだらない自分語りです。

 

KAT-TUNのことをすきになって、いつの間にか10年も経っていました。
ひょっとしたらもう古参という部類に入るのかもしれません。でも古参を名乗れない気がしています。ずっとずっと、永遠の新規と呼ばれ続けてきたから。
わたしが亀梨和也をすきになったのは修二と彰の頃で、ちょうど2005年の末、KAT-TUNがデビューする直前のことでした。
当時KAT-TUN担はごくせん2からの流れで大量に新規ファンが流入していた頃で、ごくせん2でファンになった人は「ごく出」と呼ばれ、新規と古参の争いが相当に過熱していました。
チケット掲示板では「ごく出お断り」という文句が平然と並んでいて、ファンサイトでも「ごく出の人とは仲良くできません」といった文句がそこかしこにありました。
はっきり言えば、正直、当時のわたしの主観としては、新規が新規としてファンであり続けられる唯一の原動力はKAT-TUNがかっこいいこと一点で、ファンコミュニティーの居心地の悪さは尋常じゃなかった。

 

あの頃新規として、わたし自身は、KAT-TUNについて何の感想を言うにもびくびくしていました。
彼らに対する知識が圧倒的に不足していて、その状態で彼らを語ることは、不勉強が故に間違ったことを言ったらこわいなと思ったりもして。
一部の新規がとんでもない常識外れの振る舞いをしているようだというのはうっすら察してはいたし、そういった新規には叩かれるだけの理由があるんだろうし、実際昔からのファンの方に比べたら何も知らないのに知ったような口をきいてはいけないなと思っていたし、もうすでに何年もKAT-TUNを応援していた人たちにはどこか愛情やら思いの大きさに勝てないと思っていたのです。
ファンでいることは勝ち負けではない、ということは脳味噌で理解していても感情がそれに追いつくまでにずいぶんかかりました。当時高校生で若かったというのもありますが、結局のところ、自分自身がさすがに新規ではないかなあと思った頃に、やっと新規も古参も関係ないよなあ、と思えるようになりました。

 

それでもあの頃、数多くの新規が受けた傷は、とてもとても大きかったんじゃないかと思うんです。傷付いたの、わたしだけじゃなかったと思う。
あの頃とてもネット上ではKAT-TUNに関するお友達を作れませんでした。ごく出と言われて蔑まれるのが怖かったからです。永遠の新規となじられるのが怖かったからです。
「ごく出」は、「永遠の新規」は、KAT-TUNのことをすきでいてはいけないのだろうか、と思うことがつらかった。
もちろんそういうひとばかりではないだろうとは思いましたが、どうしたらそうでない人に出会えるのかわからなかった。だから積極的に外界と繋がりにいこうとは思わず、ひきこもることで自衛しました。その判断はいまでも間違っていなかったような気がします。あのタイミングでKAT-TUNのファンでいることに疲れてしまっていたら、ここまできっと続いていない。
そもそもわたしは高校時代同じクラスにKAT-TUNのことがすきな友人たちがいて、その子たちと喋ることで大概のオタク話を発散できていたので、それほどKAT-TUNがすきな友達を作りたい!という気持ちがなく、それはほんとうに助かったなと思います。
いまとなってはネットを通じてKAT-TUNをすきなひとと仲良くなることもできるようにはなりましたが、結局のところごく出や永遠の新規といった言葉がネタになるほど風化してやっとのことです。
いまでもいわゆるごくせん前から応援していらっしゃる古参の方に対してびくびくすることがあります。もうでもこれは自分自身の問題で、トラウマなのでどうしようもないし、気長に付き合うしかないだろうなあと思っています。

 

今回田口の脱退から10ksコンを通じて、非常に多くの人の目にKAT-TUNが触れて、ありがたいことに新しくKAT-TUNのファンになってくださった方もいらっしゃると思います。
たくさん新規の方が「こんな新規が」と言ってらっしゃるのを見かけるのですが、新規だからといっていろんなことを遠慮する必要はないと思っています。
もちろん、古参は長い間その対象にお金と時間をかけ続けていた、いままでその対象がここまで存続するための資金を提供してきたわけなので、その分くらいは尊敬していいと思うのですが、同じものがすきなら、それでいい。
わたしはKAT-TUNのことをすきだと思ってくださった新規の方々の気持ちがとてもうれしいです。同じものをすきだと思ってくれるひとが増えることは、わたしのすきだと思っているものを評価してくれるひとが増えるなら、単純にうれしいです。
新規も古参もKAT-TUNがすきという気持ちは同じなのだから、同じようにわいわいできればいいな、と、あの頃新規として傷付いた自分は思うのです。
あの頃ごく出、永遠の新規と呼ばれた、いまは古参になった人たちが、ぜひ新規の方々にやさしくあってくれたらいいな、と思います。
あの頃の傷は繰り返されなくていい。
少なくともわたしのまわりはやさしい人ばかりでほんとよかったな~って思ってます。
いまはもう「ごく出」も「永遠の新規」もネタになってて、それでいい。ネタにするだけのつよさと、ネタにして笑い飛ばすやさしさを、忘れたくないなと思います。

 

もう比較的長いこと応援しているファンになったからこそ、「あの頃のわたし」である新規にやさしくありたいとおもう、ただそれだけの話でした。